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21 不安

Author: 内藤晴人
last update Last Updated: 2025-06-21 18:30:00

 闇の王の即位を祝おうと各所から集まった賓客達が帰って後、城下には静けさが戻った。

 落ち着きを取り戻した中、ベヌスは以前にも増して政務に取り組み、ノクトは良くそれを補佐した。

 そんなある日、いつものように執務机に向かっていたベヌスはふと顔を上げ、傍らのノクトに切り出した。

「一つ、相談があるのだが」

「城下町への視察でしたら、この間も申し上げた通り反対です。兄上におかれましては、もう少しご自覚を……」

 紋切り型の返答に一つため息をつくと、ベヌスは首を左右に振り、そうでは無い、と反論する。

 驚いたように数度瞬いてから、ノクトは改めて答える。

「では、砦の視察でしょうか? でしたらなおさら……」

「……だから、そうでは無い。吾をどう思っているのだ? 」

 やや不服そうに言うベヌスに対して、ノクトは表情を動かすことなく返答する。

「隙あらば政務を放り出して、城から飛び出したいと常々思っておられるのでは?」

「確かにそうだが……いや、今は違う」

 まかりなりにも即位した以上、誠心誠意職務に取り組む所存だ、そう前置きしてから改めてベヌスは切り出す。

「……闇神の神格の事だ。吾は今、闇神と闇の王を兼ねているが、これは問題があると思う。ついては神格をそなたに譲りたいと常々思っていたのだ」

 そもそも神格は便宜上アルタミラ殿から預かったに過ぎぬ。

 そなたが立派に成人した今なら、異を唱える者もいないだろう。

 そのベヌスの視線を受け止めかねて、ノクトは思わず顔を伏せる。

 しばしの沈黙の後、ノクトは重い口を開いた。

「身に余るお言葉、うれしく思います。……が、謹んで辞退致したく……」

「何故だ? 闇の元に塵芥から産まれた存在という点では、そなたも吾も何ら変わりはないではないか」

「では、光神殿はどうなのです? 光の領域の民を、側近と共に治めているではありませんか。ともかく、自分はふさわしくはありません」

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  • 始まりの物語─青き瞳の巫女─   34 後悔

     胸騒ぎを感じて、カイは手綱を引いた。 一瞬闇の軍勢が迫っているのかと思ったが、これは敵意ではない。 儚げで悲しげで強い意志がその原因であることに気が付いて、カイは思わず周囲を見回す。 そのような存在は彼が知る限りただ一人、闇の巫女アウロラである。 だが、本陣に拘束したその人がこの戦場にいようはずがない。 その時だった。 かたわらを固める兵達が、上空を見上げている。 中にはある一点を指差している者もいた。 何事かとカイはそちらに視線を移す。と、遥か上空には使者の証である薄藍の布が、糸の切れた凧のように漂っている。 なぜこのような所に。 疑問に思いながらも、カイは風上に視線を巡らせる。 その方向にあるのは他でもない、陥落したブイオの砦だった。 胸騒ぎが、嫌な予感に変わる。 そこからとって返したい衝動に駆られたが、今は戦の真っ最中である。 総大将がそのようなこと、できようはずがない。 そのカイの苛立ちにも似た内心を悟ったのだろうか、脇を固める重臣達が口々に言った。「弟君、いかがでしょう。そろそろ退かれては……」「我々の力を知らしめるのには、もう充分なのではありませんか?」 一瞬ためらった後、だがカイは首を左右に振る。 相手が防御に徹しているのは、必ずしもこちらが圧しているからではない。 べヌスがあえて防戦に全兵力を傾けていることに、カイは気が付いていた。 その証拠に、派手に戦闘が行われている割には、双方の犠牲はさほど出ていない。 ここで退いてしまっては、自分にとっては最良の結果ではあるが、兄である光神は納得してくれないだろう。 さてどうするか。 カイが決断を下しかねていた、その時だった。彼方から、甲高い音が聞こえた気がして、カイは長い耳をぴくりと動かす。 神経を聴覚に集中し、研ぎ澄ませる。 途切れ途切れに聞こえてくるのは、伝

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